岡崎型狛犬
コマヤンとは、さる大学の教授が付けた岡崎型量産タイプ狛犬の愛称です。
明治末に岡崎周辺でも、狛犬の奉納ブームが起き大量の注文が、岡崎石
工の店に来るようになった、効率を上げるため分業のシステムが出来、ハ
ツリ仕事(見習いが担当)・荒作り(職人)・顔の仕上げ(一番腕の立つ職人)

江戸期から大正始めまでは岡崎狛犬の創世期、昭和戦前までが最盛期で
戦争と戦後復興で二十年ほどブランクがあり、最盛期の手彫り狛犬は消滅
昭和四十年頃からエアー工具・ダイヤモンド工具での新しい工法に替わる。

   最初の狛犬は元禄年間で、次は幕末まで見つかっていない、宝珠狛犬を岡崎石工の味付けで、量産狛犬と独自の狛犬を彫っていた。
作者不明・中根善兵衛・今井新太郎・田淵徳太郎。
 
     
酒井孫兵衛(屋号) 八代続いた石工
最初にコマヤンを彫ったと伝えられる石工、孫兵衛刻と刻んで在るものは明治三十八年から、昭和三十年まで彫られていた。

酒井孫兵衛直弟子
加藤八太郎・戸松庄松(屋号)・成瀬大吉(屋号)杉浦磯次郎、大正期には東海三県に多いが、やがて全国に販路が広が
る。

戸松利吉・鬼頭政一・石田観仙
昭和初期から狛犬を彫り始めた孫兵衛狛犬第二世代、戦後亡くなったり・怪我・引退したと聞くが、少量だが戦後も狛犬を彫っていた。昭和四十年頃からの工業用ダイヤモンドで仕上げた狛犬にはこの名前は無い。

数は少なく、名前が彫ってある物も多くない。
岡崎近郊に建っている、少数派コマヤン結構個性的な狛犬がある。
岡崎で修行した職人が地元に帰り、彫った狛犬も見かける、結構自由に彫っている。

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