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中馬街道と宝珠型狛犬-01 |
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岡崎石工が彫る狛犬のルーツとして北から伝わったルートが在る、三河湾で作られた塩を信州飯田を経て塩尻迄運ぶ道中に、江戸期の狛犬・犬・狼・宝珠型狛犬が建てられている、伊那谷の高遠石工が彫ったと思われる出来の良い狛犬で殆どが安山岩系の石と花崗岩で加工してある。 寛政七年(1795)職人の為の画集『諸職絵鏡』に江戸の宝珠型狛犬のイラストが載り、高遠石工も参考にしたが独自の意匠で彫っているが、宝珠と角は教科書通りで狛犬本体の伝承はされてない、飯田周辺の宝珠型狛犬像が三河に伝わり岡崎石工も諸職絵鏡を参考に地元の神社に宝珠型狛犬販売しだした、最初の狛犬は碧南市鷲塚天満神社が建て年号「天保十四年六月吉日(1843)」最も古い宝珠型狛犬狛犬になる。 |
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黄色い部分が三河湾で塩の産地、赤が中馬街道で川舟と馬のルート、飯田から塩尻が飯田街道
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天保十四年六月吉日(1843) 碧南市 鷲塚天満神社 作者不明 天正十年伊賀市岡八幡宮に岡崎石工が彫ったとされる狛犬があり、その次が元禄で岡崎市の村積神社と豊田市の六所神社、 幕末文化十四年に孫兵衛家系の松三郎が矢作八幡社(オリジナル)岡崎石工の歴史は古いが狛犬の実績は少ない、安政になり 手本が出来量産型の宝珠型狛犬を彫り始めた、この狛犬は最近建て年号が判明。 |
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安政四年(1856) 岡崎市 土呂八幡宮 作者不明 岡崎石大工中根善兵衛二十七の時に彫った最初の宝珠型狛犬ではないかと思われる、岡崎産の硬い石で細かい細工 が施され殆ど風化していない、未発見の狛犬があるかもしれない。 |
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安政六年(1858) 西尾市一色町 諏訪神社 中根善兵衛刻 スタイル的には完成されている、上の土呂八幡宮から継承され造り込まれている、何年も彫り続けてこの形になったはず 探せばもっと在る思う。 矢作川河口近く古くから塩田の栄えた地区で、塩の道(中馬街道)として岡崎を中継し足助へ通じていた。 |
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安政六年(1858) 岡崎市 岩津天満宮 岡ア石大工中根善兵衛刻二十九歳 |
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古くから岡崎宿の中心だったが家康の父親が今の岡崎城を建て、東海道と矢作川が交わる所へ移転岡崎宿の中に裏町と呼ばれる 道筋がありここが岡崎石工の拠点になる。 |
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岡崎宿は此方へ⇒ ⇒ ⇒ | ||
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明治九年(1876) 岡崎市 岡崎天満宮 嶺田久七刻 岡崎天満宮は石屋町の氏神で多くの石製品が奉納されていて、狛犬も三対建っていてこの狛犬が一番古い、嶺田久七石材 店は江戸時代より続く大店で多くの職人がおり、職人間で技術の継承が続いていた。 |
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明治二十五年(1892) 岡崎市 信光明寺 作者不明 | ||
寺院に建っている宝珠狛犬型、岩津天満宮の参道入り口にありここから岩津天満宮が分離した、この狛犬は首が細く長い のが特徴で、明治七年頃から彫られていて明治中頃まで伝承されていた。 |
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明治三十二年 (1899)岡崎市 鴨田天満宮 作者不明 |
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徳川家の菩提寺大樹寺隣の神社、足助へ続く街道沿いに建っている、小さくて細かい彫は線刻で彫られているが宝珠 と角は立派なものが付いている。 |
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明治三六年 (1903) 岡崎市 菅生神社 作者不明 岡アの隣に建っている神社、明治の狛犬奉納ブームに乗ったのだろう、宝珠型狛犬とプロトタイプの狛犬が競って建てられ始めた、同時に鳥居や神前灯篭等石製が岡崎産地に注文が。 |
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明治三十八年(1905) 岡崎市 能見神明社 斎藤徳次郎刻 この狛犬も足助に通じる街道沿いに建っている、両方角に見えるのだが宝珠型狛犬全盛時期なので宝珠型狛犬だろう、明治期の岡崎石工が彫る狛犬は漫画チックで一味違う。 |
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おそらく明治期 豊田市足助町 足助八幡宮 作者不明 中馬街道の中継地として栄えた町、三河と信州を木曽馬の背に百二十キロ程の荷を乗せて往来していた。 首の下巻き毛が二段に彫られていて、明治の初期から中期にかけと同じスタイルの宝珠型狛犬になっている、同じ工房で伝承されているが、どの狛犬が一番最初かは判らない、この狛犬だけポッチャリ体形なのが気がかりです。 高遠石工も足助まで仕事をしに来ていた。 |
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平成二十四年 豊田市稲武町 八幡神社 巽彫刻 業者から稲武町の神社へ狛犬奉納の話が来た、中馬街道沿いの神社だと迷わず宝珠型狛犬の提案をした、納得してもらいデザインはお任せで、蹲踞の姿勢で今風の形で彫ることに、十分の納期で気合を入れて制作。 |
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愛知県境を越え長野県へ続く ⇒ ⇒ ⇒ | ||
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